プロミネンス 3年 和訳[327]

【プロミネンス3年】Lesson1/Ito Jakuchu(伊藤若沖)-The Rediscovered Artist【和訳】

このページではプロミネンス・コミュニケーション英語3年/Leeson1【Ito Jakuchu-The Rediscovered Artist】の和訳を載せていますが、学校で習う表現と異なる場合がありますので、参考程度に見てください。

【PROMINENCE3】Lesson1/Ito Jakuchu-The Rediscovered Artist【和訳】

Warm Up

1.あなたは美術館に行ったことがありますか。
2.上の絵には何種類の動物が登場しますか?

Paragraph1

力強い「若冲じゃくちゅうブーム」は興味深い現象です。

20世紀の終わりまで、若冲はほとんど忘れられていました。

しかし、彼は今日本で最も人気のあるアーティストの一人です。

2016年には、446,000人が東京で若冲の展示会を訪れました。そこでは、最長320分間列に並んで待たなければならなかった人もいました。



Paragraph2

なぜそんな人気のアーティストが忘れられたのでしょうか?

伊藤若冲は、18世紀の京都絵画界の有名な画家の一人でした。

しかし、若冲にはほんの数人の弟子しかおらず、熱心な仏教徒であることから、彼の傑作を寺院に寄付しました。

そのうちの1つが、鳥と花の絵画(花鳥画)の30巻セットであった、動植綵絵どうしょくさいえ(Colorful Realm of Living Beings)でした。

明治時代の初期に宮内庁くないちょうに譲渡された後、公に展示されることはめったになかったため、彼は次第に忘れ去られていきました。

Paragraph3

第二次世界大戦の後、人々は再び若冲に興味を示し始めました。

1953年、ジョー・プライスというアメリカのコレクターがニューヨークのアンティークショップ(骨董品店)で小さな水墨画を見たとき、彼はそれを購入することを我慢することができませんでした。

彼は後で絵が若冲によるものであることを知りました。

プライスは時々日本を訪れて幕府の絵画を集め続けましたが他の多くのコレクターとは異なり、彼はそれらを見たがっていた皆のためにそれらを展示しました。

このコレクションがなければ、若冲は再発見されなかったでしょう。




Paragraph4

インターネットを含む現代のメディアは、最近の若冲ブームで役割を果たしてきました。

2000年の京都での展覧会への訪問者は皆、彼の絵画の鮮やかな表現を賞賛しました。それは江戸芸術の共通の特徴ではありませんでした。

彼らは自分の驚きをインターネットに掲載し、彼の芸術に賛美し、美術館に行ったことのない若者たちを展示会に引き寄せました。

Paragraph5

現代技術は、裏彩色うらざいしき桝目描ますめがきのような、若冲の作品の秘密について多くのことを明らかにしました。

裏彩色はキャンバスの裏から絵を着色する方法です。

彼は彼が本当に望んでいた色を追求するのにこのテクニックを使用したのかもしれません。

桝目描きとは、アートワークを1平方センチメートル程度のグリッドに分割してそれぞれを色付けする手法です。

それは現代のテレビが画面に画像を表示する方法と似ています。




Paragraph6

言い伝えによれば、若冲は「自分の作品が本当に高く評価されるまで千年待つ」と語りました。

彼は自分の絵の方法やアイデアが彼の時代をはるかに超えていて誰も理解していないと信じていたに違いありません。

しかし、若冲は、私たちが彼の絵の価値を実際に理解している最中であることを知って喜んでいるでしょう。

長い待ち時間がようやく終わりを迎えようとしているようです。