ジーニアス3年 和訳[310]

【ジーニアス3年】Lesson4/Quest for Traditional Colors【和訳】

このページではジーニアス・コミュニケーション英語3年/Leeson4【Quest for Traditional Colors】の和訳を載せていますが、学校で習う表現と異なる場合がありますので、参考程度に見てください。

【Genius3】Lesson4/Quest for Traditional Colors【和訳】

Part1

しい2日間で、京都のある小学校の子供たちは、自分たちの学校の卒業生が行う特別な授業に参加することができました。

小学校には、子供たちに平安時代の貴族社会で広まっていたいろいろな色を経験してもらうために、吉岡幸雄さちおさんがいました。

こうした色は自然からの材料を使う染色技術で作られました。

吉岡さんの目標は、子供たちに家でもできる伝統的な染色技術をやってもらうことでした。

そうすることによって、子供たちは、以前は見たこともないような色に出会えて、自然にある色の無限の可能性を発見できるのです。

供たちは幸運にも、吉岡さんと一緒に特別授業を受けることができました。

吉岡さんは織物芸術家として、歴史研究家としてとても忙しいからです。

吉岡さんは、東大寺や法隆寺や伊勢神宮のような、古くからの寺院や神社での伝統行事に関連した色をよみがえらせることに従事してきています。

吉岡さんの仕事の1部は、古くからの工芸品を修復することも含んでいます。

国宝や伝統衣装を作るために使われる技術を研究しています。

それから、吉岡さんは、工芸品を元の美しさに修復するために、同じ技術をもう一度創り出しています。

古くからの芸術作品を忠実に修復するために使われるべきなのは、現代の科学ではなく、伝統的な方法だと、吉岡さんは信じています。

「鮮やかで、美しい色を作り出すことは染色の分野では、とっても難しいのですが、それを実現するのが私のモットーです」と吉岡さんは言います。



Part2

学の先生でもあった、染職人の親方の長男として京都に生まれ、吉岡さんはお父さんの足跡をたどろうという意思はまったく持っていませんでした。

その代り、ジャーナリストとしての仕事を追求するという夢を持っていました。

東京の大学に通うために故郷を離れるときに、子供のときからずっと包んでくれていた伝統的な日本の美を置いて行くことになると、吉岡さんは思いました。

起源が江戸時代までさかのぼることができる家業の手工業の後継者になることが宿命だとは、ほとんど気づいていませんでした。

本が今の国家になろうと懸命になっている時期に、吉岡さんは大学生でした。

若い学生のとき、吉岡さんは急激な産業化が環境に与える結果を直接、目の当りにしました。

浮かんでいる廃水の泡のせいで多摩川の表面を見ることがほとんど不可能な有様を観察しました。

この光景は、美術品や骨董品や美術書で一杯の故郷と両親の家の面影とまったく対照的でした。

学を卒業して、吉岡さんは出版社に働き口を見つけました。

間もなく、まだ20代のうちに、日本の美術と工芸に関する書籍を専門に扱う出版社紫紅社を設立しました。

会社の漢字は、古い時代から日本の色彩に重大な影響を与えてきている紫と紅の2色です。



Part3

岡さんの弟さんがお父さんの後を継くつもりはないと明言したとき、古くからの寺社での毎年恒例の伝統行事に必要な染物を誰がするのだろうと、吉岡さんは不思議に思いました。

吉岡さんはそうした染物を作る人にならなければいけないと決心しました。

家業に加わったすぐ後で、お父さんが亡くなりました。

吉岡さんは気づいてみると、突然、自分が吉岡家の第5代の親方染物師になっていました。

そのとき、行動方針が頭に浮かびました。

「江戸以前の芸術品を見る機会がたくさんありました。自然素材だけで染められたものの色は、なぜとても鮮やかに見えて、自分がとても深い影響を感じられるのかと不思議に思ったことを覚えています」

安時代の色は、吉岡さんには格別、興味深いものです。

『源氏物語』には色合いを言い表す80以上の異なった名称があります。

この理由の1つは、貴族たちが四季をどのように経験したのかに関係しています。

例えば、花がつぼみから満開になり、花びらが散るまで変化するといった花の色合いのような、自然の中にある微妙な変化を、貴族たちは自分自身の目で見ることができたのです。

じ気持ちを持つ1人の染物師とともに、吉岡さんは化学染料を一切使わないで、伝統的な色を再現し始めました。

祖先の染物師と同じように、2人はベニバナ、ビンロウジ、カリヤス、ザクロのような有機植物と素材だけを使います。

しかし、地球の気候がここ200年で劇的に変わってきているせいで、有機染に必要な素材を手に入れるのは簡単ではありません。



Part4

岡さんが合成染料を使うことを拒否することは、多摩川の表面に浮かんでいるのを見た浮きカスの記憶に由来しています。

伝統的な日本の色を作るために、吉岡さんの工房は由緒ある、手間のかかる染め方と織り方を採用しています。

現代の機械類と合成染料の時代にあっては、工房の方針は不合理かもしれませんが、そんなことは吉岡さんは気にしてはいません。

吉岡さんは言います。「千年前に使われた技術は、現在の技術よりも進んでいます。私たちの感受性と技術が、時の流れに合わせて発達してきていると言えるのかどうか疑問に思います」

統が生き残るためには、多くの人に広まることと、次の世代に受け渡されることの両方が同じように必要です。

吉岡さんは保存のためのこうした2つの方向両方に積極的にかかわっています。

日本の色彩と天然染料の使用に関する本を数冊書くことの他にも、吉岡さんは東京の地下鉄と成田空港に大規模な公共芸術作品をプロデュースしてきています。

吉岡さんの作品は日本だけではなく、講義を行ったことがあるミュンヘンとロンドンでも同じように展示されています。

時、いつの時期をとっても吉岡さんの工房には10人くらいの実習生たちがいます。

工房は吉岡さんの下で学びたいと思う人なら誰にでも開かれています。

ギリシャ出身の実習生カリーナさんは、ロンドンで色の使い方と織り方を学んだ経験がありました。

日本にやって来て、カリーナさんはこの工房での、ありのままに美しい色彩に驚いていますと語りました。

カリーナさんの師匠(吉岡さん)は「企業秘密なんてありません。実習生たちには、ここで学んだ技術を他の人にも教えてもらいたいと思っています。それが伝統を維持する方法です」