このページでは高校クラウン・コミュニケーション英語3年/Leeson9【Green Revolution, Blue Revolution】の和訳を載せていますが、学校で習う表現と異なる場合がありますので、参考程度に見てください。
時は1960年。新聞の見出しは毎日、食糧危機を読者に警告します。中国とサハラ以南のアフリカの大部分で飢饉があります。世界の他の多くの場所でも、人々は栄養失調に苦しんでいます。先進国であっても、たくさんの子供たちが毎日、お腹を空かせたまま寝ています。世界規模の惨事を回避するために、何かがすぐに行われなければいけません。「緑の革命」が必要です。
変わって時は2010年。新聞の見出しは世界の水危機について読者に警告します。中央アジアでは湖が干上がっています。アジアと中東では川が枯れています。アメリカでは干ばつが猛威を振っています。何かがすぐになされなければいけません。新しい革命、すなわち「青い革命」が必要です。
目次
Section1
1960年代には、世界規模の食糧不足がありました。
1958年から1961年にかけての中国大飢饉では、少なくとも1500万人が死亡しました。
アジアとアフリカでは、数千万人もの人が飢餓に直面していました。
何かがなされなければいけませんでした。
科学者たちは解決策を見つけるために、政府と一般の農家の方たちと力を合わせました。
これが緑の革命でした。
緑の革命には「3本の柱」がありました―新しい作物の品種と、化学肥料と殺虫剤と、灌漑でした。
世界の食糧生産に素早い、とても素晴らしい効果がありました。
20世紀の終わりまでに、農業生産性は世界中で飛躍的に向上しました。
緑の革命は大きな成功を収めました。
歴史上初めて、アフリカとアジアは、住民に供給するのに十分な食糧を持ち始めました。
インドは飢饉の悪循環を断ち切ることができました。
しかし、意図しない結果も生まれてきています。
とてもたくさんの水が灌漑のために使われているために、水の供給不足になっています。
肥料は多くの国で地下水を汚染してきています。
水不足は世界中でますます多くの問題を引き起こしています。
1つの劇的な例として、中央アジアのアラル海を考えてみましょう。
「海」と呼ばれてはいますが、アラル海は実は湖です。
かつては世界で4番目に大きな湖で、九州と四国を合わせ広さに近い地域に広がっていました。
青い水、美しい浜辺、賑わいを見せる漁港で有名でした。
1973年と1989年と2000年のアラル海の写真を見てみましょう。
昔と比べてずっと小さくなっています。
この地域の漁業は破壊され、深刻な経済的困難をもたらしています。
アラル海に一体何が起こったのでしょうか?
かつて、2つの大きな川がアラル海に注ぎ込んでいましたが、今では水のほとんどが灌漑に使われていて、水は干上がっています。
またひどい汚染もあります。
アラル海の後退は、地元の気候変動の原因となっています。
夏はより暑く乾燥するようになり、冬はさらに寒く長くなっています。
その結果は「地球上で最悪の環境災害の一つ」と呼ばれています。
Section2
緑の革命の意図せぬ結果は、たくさんあります。
アラル海が干上がったのは、緑の革命が原因の一部でした。
インドでは少なくとも農家の4分の1が、自然が補えないほど地下水を使っています。
化学肥料は井戸からの飲料水を汚染する原因になっています。
国際水管理研究所の一人の職員は「状況はどんどん悪化している。まるで惨事への旅のようだ」と語っています。
水不足は世界中至る所で共通しています。
20世紀にとって食糧不足が深刻な問題だったのとちょうど同じくらい、21世紀にとって水不足は深刻な問題になるかもしれません。
2025年までに、18億人の人が絶対的な水不足の国や地域に住むことになるでしょう。
世界の人口の3分の2が、水不足の状態で暮らす可能性があります。
農家の方たちは食糧生産のために十分な水を手にできません。
都市部では、人口増加と経済成長のせいで、水をめぐっての競争が激化しています。
世界の陸地の4分の1が、荒廃しています。
多くの大河は1年のある期間、水が枯れ、流れなくなります。
ヨーロッパと北米の湿地の半分は、もはや存在しません。
多くの場所で、環境への影響は取り返しがつかなくなっています。
水不足は今や、緑の革命を脅かしています。
水のよりよい使い方を目指した努力が増えなければ、十分な食糧を将来、生産することは不可能でしょう。
長い間、農業生産における進歩は、土地から収穫される農産物の総量の「収穫高」に関して測られてきています。
水不足の地域では、単位面積当たりの収穫高を最大化することは今では、使われる単位水量あたりの最大限の収穫高を達成することに取って代わられるべきです。
このためには良い農作業を組み合わせた、雨水と灌漑用水のよりよい利用が必要とされます。
Section3
20世紀に緑の革命が必要だったのとまったく同じように、21世紀には青い革命が必要です。
緑の革命が「3本の柱」を持っていたのとまったく同じように、青い革命にも3本の柱があります。
効率的な灌漑と、現実的な価格設定と、水資源の獲得の3つです。
もっと効率的な灌漑への1つの考えは、「点滴灌漑」と呼ばれる方法です。
耕作地全体を水に浸す代わりに、管を通して水が根にゆっくりと落ちることを許すことによって、1つひとつの作物に水が直接、供給されます。
ヨルダンでは、点滴灌漑法のおかげで収穫量は増えつつも、水の使用量を3分の1だけ減らしています。
イスラエルの農家では、点滴灌漑と都市部からの水の再利用の両方を耕作地に使って、生産性を飛躍的に向上させてきています。
青い革命のもう一つの柱は、現実的な価格設定です。
灌漑用水の価格は、たいていはとても安くて、水を節約しようとする経済的な発奮材料はほとんどありません。
ほとんどの国では現行の制度は、20世紀の中ごろ策定されました。
当時、水は無尽蔵で無料の資源だと考えられていました。
水の価格は、もっと現実的なレベルまで変わらなければいけません。
水資源の獲得ということは、雨と廃水を効率的に貯めることと、使うことを意味しています。
19世紀と20世紀前半のアメリカの多くの家には、雨を集める雨水タルがありました。
水資源の獲得は、日本の江戸時代には一般的なことでした。
しかし20世紀には、蛇口からの安い水のせいで、水資源の獲得はずっと減り続けました。21世紀は水資源の獲得が復活する可能性が高いのです。
雨が降る限り、水を貯めるタンクや池を作るだけでいいのです。
都市部では、水資源の獲得は大規模に適用される可能性があります。
廃水は処理され、再利用されうるのです。イラストは、このことが可能だということを示しています。
川に流される代わりに、都市の廃水は処理されるのです。
Section4
水が十分にあることと食べ物が十分にあることは、結びついています。
しかし、1つの大きな問題は、水は食べ物を育てるためだけに必要なわけではないということです。
すべての種類の製品を作り加工する際に、ほとんどどの段階でも、水は必要とされます。
たぶん、みなさんは、毎日どのくらいたくさんの水を使っているのかまったくおわかりではないでしょう。
どのくらいだと思いますか?
食べ物と飲み物で3~4リットルで、洗濯で15~20リットルですか?最大でも1日30~40リットルですか?
もし平均的な日本人は毎日3、500リットル以上の水を使うと言われたら、どう思いますか?
これは本当です。しかし、一体どのようにしてそんなことが可能なのでしょうか?
その答えは「仮想水」という概念の中に見つけられます。
仮想水とは間接的に消費する水のことです。例えば、1kgの牛肉のために15497リットルの仮想水が必要です。
エサとしての作物を育てるために必要とされる水もすべて入っているからです。
ですから、もしお昼に牛丼を食べれば、ほぼ2000リットルの仮想水を使うことになるでしょう。
その新しい綿のジーンズは6670リットルの水がかかっています。
この水のうちほとんどが綿花を育てるのに使われます。
「ウォーター・フットプリント」という言葉は、どのくらいたくさんの仮想水を消費しているのかを示すために使われます。
国家のウォーター・フットプリントは、国自体の水資源を使うことに、輸入する仮想水を足して、輸出する仮想水を引いたものに等しくなります。
日本は年間国民1人当たり1380㎥のウォーター・フットプリントを持っています。
日本は水が豊富ですが、食料自給率はわずか約40%です。
食べ物を輸入することは、仮想水を輸入することを意味します。
実際、日本は輸出の15倍も多くの仮想水を輸入しています。
輸入する水と輸出する水の格差がこんなにも大きな国は、世界には他にありません。
この大きな格差は日本にとっては悪い知らせのように聞こえるかもしれませんが、必ずしも悪いとは限りません。
仮想水の国際貿易は、実はいいことなのです。
国際貿易のおかげで、一番、理にかなった場所で食べ物が育てられることになりますし、貿易相手との間の良い関係を作り出してくれます。
自然の雨の循環のおかげで、水は一番、再生可能な資源です。
もし私たちが国家として、そして個人として一緒に活動するなら、みんなのための十分な水があります。
もし20世紀の緑の革命の良い点と21世紀の青い革命を結びつけられば、明るい、青くて緑の将来を持てることでしょう。
Optional Reading『Need Water? Just Make It!』の和訳
2025年までには世界の人口の3分の2が水不足に見舞われかねません。でも、大丈夫です、そうなれば―もし水が必要とあれば、作りましょう。
水を作るのは簡単なはずです。化学の初歩に過ぎません。水は2個の水素原子と1個の酸素原子で作られています。水を作るためには、水素原子と酸素原子を激しくぶつければいいだけです。これで世界の水問題は解決されたことになります。
理論的には可能ですが、こうするのは危険なことでしょう。
水は水素原子と酸素原子で構成されますが、単純にこの2つを混ぜ合わせるだけではうまく行きません。まだ別々に水素原子と酸素原子が残っているままでしょう。それぞれの原子の電子軌道が結合されなければいけません。この結合が起こるためにはエネルギーが突然、爆発しなければいけません。
水素は燃えやすいものですし、酸素は燃焼を支えます。ですから、そうしたエネルギーの突然の爆発を作り出すのはたやすいことでしょう。必要になるのは火花だけです。そうすれば……ドカーン!です。これで原子の電子軌道はつながり、水が手に入ります。
でも、これでは水だけではなく爆発も生じてしまいます。水素と酸素がたくさんあれば、命を奪いかねない爆発になってしまいます。どんなにひどいものかを理解するために、悲運の飛行船ヒンデンブルグ号のことを考えてみましょう。ヒンデンブルグ号は浮かび続けるために、水素で満たされていました。1937年5月6日、大西洋を横断した後、ニュージャージーに着陸する際に、静電気のせいで―あるいはひょっとすると破壊工作行為によって―水素が爆発してしまいました。ヒンデンブルグ号は巨大な火の玉になり、30秒以内で完全に破壊され、たくさんの乗客が死にました。
この爆発でたくさんの水が作られました。でも、これは誰も繰り返したいなんて思わない実験です。
地球規模の水不足に対処できるように十分な水を作るためには、とても危険で、とても大規模な処理をしなければいけません。爆発の繰り返しを利用する内燃機関は実用には危険すぎると、昔は考えられていました。もし水がすっかり不足し、とても高価なものになれば、誰かが水を作る製法を実際に開発するかもしれません。何と言っても、「必要は発明の母」と言われますから。